九之坪十所社の行事がご覧いただけます


by kunotubojusho
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カテゴリ:年中行事( 24 )

謹賀新年

明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願い致します。


宮司 栗木清章


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by kunotubojusho | 2015-01-03 22:11 | 年中行事

謹賀新年

あけましておめでとうございます

 私たちはお正月になると、門松をかざり、鏡餅をおそなえして、お雑煮・おせち料理を食べ、初詣に行って、一番大事なお年玉をもらって大人になってきました。

 こんなに行事が多いのは、お正月がたんに年が改まるだけでなく「年の神」(豊作の神・祖先神・幸福の神)を迎える特別な日であったからです。

 お正月に門に松の枝を立てて神様を迎えたのが門松の始まりです。

 餅は古くから特別の日・めでたい日の食べ物で、食べると生命力が与えられ、鏡は神が宿るものると考えられていました。それで鏡餅と神に供える料理(おせち)をいっしょに食べることがお雑煮の始まりでした。 
 
 年の神からの贈り物として新しい魂が人におくられる。これがお年玉でした。

 身も心もきれいにして新しい年を迎え、新しい年を良い年になるよう祈願する初詣です。多くの方が初詣をされることと思います。 最近、大晦日から元旦にかけて地元の氏神様にお参りして、その後で熱田神宮・豊川稲荷などに出かける方が多くなってきました。


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by kunotubojusho | 2013-01-01 00:01 | 年中行事

お彼岸

 今年は長く、寒い日が続いていましたが、やっと暖かくなってきました。もうすぐ三月二十日の「春分の日」です。「お彼岸」とは春分の日(彼岸の中日)を中心に前後三日ずつの七日間のことです。

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように「彼岸」という言葉は私達の生活にとても密着したものです。「彼岸」は彼の岸(向こう岸・極楽浄土・西方浄土)であり此岸(こちら側・現世)に対して使われます。

 現代の私達の生活でも太陽エネルギーがすべての生産活動のもとになっています。農業・商業・工業どの産業も太陽の恵みを受けていないものはありません。私達の祖先はこの太陽の神様(天照大神)を最高神とあがめ、伊勢神宮に祀ってきました。

 そこに仏教が伝わり、西方のはるか彼方に阿弥陀仏のいる極楽があり、人は死後この西方浄土に行くと考えてきました。この太陽信仰と西方浄土が結びつきました。太陽が真東から昇り真西に沈む日を「お彼岸」とする風習は平安時代の頃からが始まりました。

 お彼岸には家族そろってお墓参りをして祖先を敬い、亡くなった人々を偲びましょう。
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by kunotubojusho | 2012-03-17 22:52 | 年中行事

厄年

国府宮の裸祭が近づいてきました。

 日本人は厄災や厄難を受けやすいと信じられている特定の年齢を「厄年」と呼んできました。厄年に込められた祖先の知恵について紹介します。

 厄年は、男性が二十五歳、四十二歳、六十一歳で、女性が十九歳、三十三歳、三十七歳の年回りを言います。中でも男性の四十二歳は「死に」女性の三十三歳は「散々」に通じることから「大厄」「本厄」と言われています。その前後の年が「前厄」「後厄」です。

 長い人生には体調不良や厄災が重なることがあります。私達の祖先は、それを乗り越え、神々に「生かされている」ことへの感謝の気持ちを大切にしてきました。正月から二月の節分にかけて全国の神社では厄払いのご祈祷を受ける人が多く見られます。

 また、古くから厄年の「やく」は神祭りを行う神役の「役」のことでもあると言われています。

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by kunotubojusho | 2012-02-03 22:50 | 年中行事
 ご家族お揃いで良いお年をお迎えになったこととお慶び申し上げます。

 私たちはお正月になると、門松をかざり、鏡餅をおそなえして、お雑煮・おせち料理を食べ、初詣に行って、一番大事なお年玉をもらって大人になってきました。

 こんなに行事が多いのは、お正月がたんに年が改まるだけでなく「年の神」(豊作の神・祖先神・幸福の神)を迎える特別な日であったからです。

 お正月に門に松の枝を立てて神様を迎えたのが門松の始まりです。
 餅は古くから特別の日・めでたい日の食べ物で、食べると生命力が与えられ、鏡は神が宿るものると考えられていました。それで鏡餅と神に供える料理(おせち)をいっしょに食べることがお雑煮の始まりでした。 

 年の神からの贈り物として新しい魂が人におくられる。これがお年玉でした。 

 身も心もきれいにして新しい年を迎え、新しい年を良い年になるよう祈願する初詣です。多くの方が初詣をされることと思います。 

 最近、大晦日から元旦にかけて地元の氏神様にお参りして、その後で熱田神宮・豊川稲荷などに出かける方が多くなってきました。
 
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by kunotubojusho | 2011-01-01 19:51 | 年中行事
10月27日、神社総代会西春日井支部研修旅行が行われた。

遷都1300年の平城宮博と唐招提寺を参観した。

旧西春日井郡内各地から163名の方が参加され、

好天にも恵まれ素晴らしい旅行となった。

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by kunotubojusho | 2010-11-02 14:37 | 年中行事
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by kunotubojusho | 2010-01-01 00:01 | 年中行事

勤労感謝の日

 11月23日は「勤労感謝の日」です。
祝日法によると「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう日」となっています。

 この日が戦前は「新嘗祭(にいなめさい)」の日であったことをご存じの方はだんだん少なくなってきていると思います。新嘗祭が11月23日に行われるようになったのは、明治五年旧暦を今の暦に改め、祝祭日を制定したときからです。
しかし、新嘗祭の歴史は古く、1300年前の歴史書「日本書紀」にも新嘗祭が記録されています。
「新嘗」とは「新の饗(あえ)」のことです。新穀の収穫を神々に感謝し、神前に供えて饗宴し、神と人が共に食し、たがいに喜び合うことです。日本人は古くから稲作を生活の基盤にしてきました。この習慣は自然のことであったと思われます。
また、純粋に収穫に感謝する「秋祭り」に対して、新嘗祭は収穫に感謝すると共に新しい年の豊作を祈願する「冬祭り」でもあります。

十所社では12月6日(日)に新嘗祭を行いますのでご参拝ください。
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by kunotubojusho | 2009-11-22 21:24 | 年中行事

京都御所

春の「京都御所特別公開」のご案内

今年は両陛下御成婚50周年記念で、公開区域も拡大されてます。

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by kunotubojusho | 2009-04-24 21:45 | 年中行事

国府宮裸祭

尾張の国に春を呼ぶ「国府宮はだか祭」が近づいてきました。

 今年は2月7日(土)です

  毎年旧暦1月13日、「国府宮裸祭り」が行われています。厳寒の中、裸男がもみ合い、厄除けを祈願する勇壮な祭りです。裸祭りが過ぎると春がやってくると言われています。

 「国府宮」の正式名は「尾張大国霊(おわりおおくにたま)神社」です。国霊(くにたま)は国土それ自体に霊魂の存在を認め、国土を神格化した御名(みな)です。古く尾張の地に人が住み始めた頃より、土地の守護神として信仰され、特に厄除けの神として有名でした。

 奈良時代に尾張国の国府(役所)が現在の稲沢市に置かれたことから国府宮(こうのみや)と呼ばれるようになりました。

 「裸祭り」の正式名は「難追い神事」です。厄災を受けやすいと言われる厄年の人を中心に「大国霊の神」の力で厄難を追い払い幸福を祈る神事です。

北名古屋市では、今年も四十二歳の本厄となる「厄歳」のメンバーを中心に裸祭り・裸男に参加し,住民を代表して難追布を国府宮神社に奉納します。
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by kunotubojusho | 2009-01-31 14:04 | 年中行事